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「結果がすべて」の冷たさに疲れたあなたへ。子供と部下の成長を支える、親と上司の「体温のあるマネジメント

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結果ばかりを気にしてしまう、私たちの焦りと盲点

親であれば家庭での子供のテストの点数、上司やマネジャーであれば職場の部下が上げる営業数字や成果など、私たちは日々、どうしても「目に見える結果」を気にしてしまいがちです。

 

私自身、ビジネスの現場で数字を追いかけるプレッシャーは身に染みて分かっていますし、親として子供の将来を思えばこそ、目に見える指標に一喜一憂してしまう気持ちも痛いほど理解できます。

 

しかし、ここで結果ばかりを追い求めていると、マネジメントにおいて最も恐ろしい事態を見落とすことになります。

 

それは、"不正" や "ごまかし" です。

 

成果という表面的な数字だけを見て「結果が出ているから大丈夫だろう」と安心していると、その裏にあるプロセスに潜む歪みに気づくことができません。

 

今回は、結果至上主義がもたらす組織と家庭の盲点、精度、そして今日から実践できる「プロセスへの向き合い方」についてお話しします。

 

要約

【今回の問題】

  • ​結果(数字や点数)ばかりを気にして、その手前にあるプロセス(過程)を「見てなさすぎること」。
  • ​その結果、相手は評価を気にしてごまかしに走り、お互いの信頼関係も失われていく。

 

【具体的な解決策】

  • 評価側が「結果だけでジャッジする楽」を捨て、相手の努力の過程に関心を持つ。
  • 成果が出る前の「10%の出来栄えの段階」で、フラットに共有し合える関係を作る。

 

【今日できる一歩】

  • ​「なるほど、ここってどういう風に考えたの?」と、プロセスを紐解く質問を1つだけしてみる。

「結果が良いから大丈夫」という安心が、すれ違いのスキマを生む

「不正やごまかしなんて、うちの子供や部下には関係ない」と思われるかもしれません。

ここで、ひとつ分かりやすい例を挙げます。

 

仮に、子供がテストで80点を取ってきたとします。

あるいは、部下が営業で目標数値を達成したとします。結果だけを見れば、当然「よくやった」と喜びますよね。

 

しかし、もしその後になって、その 80 点がカンニングによるものだったり、その営業数字が強引な押し売りや規約違反スレスレの手法によるものだと分かったらどうでしょうか。

 

結果の数字だけを眺めていて、それを見抜くことができるでしょうか。

 

おそらく、不可能です。

もし裏側のプロセスがブラックボックスのままであれば、私たちは「結果が良いから問題ない」と思い込んで、そのまま見過ごしてしまいます。

 

「終わり良ければすべて良し」という言葉がありますが、人間は基本的に「結果が良ければ、過程も正しかったはずだ」と因果関係を都合よく解釈してしまう性質があります。

 

実は、この「結果さえ出せばプロセスはどうでもいい」という評価側の姿勢こそが、相手に不正やごまかしを行う“スキマ”を与えているのです。

 

ここまで極端な例でなくても、身近なシーンで同じようなことは起きています。

たとえば、選択式の問題で「よく分からないけれど、適当に選んだら正解だった」という経験は誰にでもあるはずです。

 

結果だけを見れば「理解している(仕事ができる)」ように見えますが、過程を見れば「全く理解できていない(実力になっていない)」状態です。

 

評価する側が結果だけを見て安心し、本人は「ラッキー」と思ってその場をしのぐ。

こうした歪みは、ビジネスでも家庭でも日常的に生産されているのです。

点数や数字だけを見る方が、大人にとっては「圧倒的に楽」だから

言うまでもなく、不正やごまかしを働く本人が一番悪いです。

本人だって、それが正しいことだとは思っていないはずです。

では、なぜリスクを冒してまでそんな行動に走ってしまうのでしょうか。

 

理由はシンプルです。

周囲の人間が「結果しか見ていない」ことを見透かしているからです。

「この瞬間、この数字さえクリアすれば、あとはどうにでもなる」と思わせてしまっているのです。

 

私は、そうやって相手をごまかしに走らせてしまった親や上司の側にも、相応の責任があると考えています。

 

日頃から、結果の良し悪しだけで褒めたり、あるいは激しく叱責したりするコミュニケーションを繰り返してきた結果、相手の中に「プロセスはどうでもいいから、とにかく結果を取り繕わなければならない」という生存戦略が生まれてしまうからです。

 

確かに、一人ひとりのプロセスにまで目を配り、その中身を紐解くのは、マネジメント側の負担が増えます。

 

評価する側としては、上がってきた数字や点数だけを見てジャッジする方が、圧倒的に「楽」なのです。

 

仕事で疲れて帰ってきた夜に、子供の宿題のプロセスまで見るのは本当にエネルギーがいりますし、自分の仕事を持ちながら部下の進捗を追うのも簡単ではありません。

 

しかし、子供や部下が間違った道に進まないようにするため、そして何より「中身のない、見せかけだけの実力」を自分の実力だと勘違いさせないためには、ここでプロセスに関わる労力を惜しむべきではないと私は思うのです。

表面だけで褒めたり怒ったりすると、心の中でシャッターを下ろされる

結果しか見ないマネジメントの弊害は、不正に気づけないことだけではありません。

実は、知らないうちに相手からの信用を致命的に失っているケースが非常に多いのです。

 

結果の数字が良いときだけ褒め、悪いときだけ感情的に怒る。

あるいは、通知表の数字が良かったときだけご機嫌になる。

 

そういうコミュニケーションを取られている部下や子供は、表面上は「ありがとうございます」と頭を下げたり、「すみません、次は気をつけます」と反省の態度を見せたりします。

 

しかし、彼らの心の中は冷めきっています。

「普段のの苦労を何も見ていないくせに、こういう結果の時だけ偉そうに絡んできやがって……」

 

これが、結果しか見ていない上司や親が陥る「信用の未達」のパターンです。

お互いにとって不幸な関係以外の何物でもありません。

 

このすれ違いを回避するためには、やはり負担を受け入れて「相手のプロセスに関心を持つこと」が不可欠です。

 

ビジネスにおけるマネジメントも同様ですが、「過程を気にかけてあげること」は、そのまま「信用の基礎(土台)作り」になります。

 

人間関係の土台に信用がなければ、上司がどれだけ正しいフィードバックをしても、あるいは親がどんなに正論を伝えても、相手には「どうせ自分のことを見ていないくせに」と、認知のズレが生じて伝わらなくなってしまいます。

「10%の段階」でフラットに話せる関係をつくる

プロセスを気にすると言っても、一から十まで全ての行動を管理したり、逐一報告させたりする必要はありません。

 

過剰なマイクロマネジメントをしてしまっては、相手の自走力ややる気を奪うだけです。

 

では、具体的にどうすればいいのか。

私が意識しているのは、「10%の出来栄えの段階で、フラットに声をかけること」です。

 

トラブルや軌道修正は、傷が浅ければ浅いほど、お互いの修正コストがかかりません。

 

だからこそ、普段のやり取りの中で、

「なるほど、面白いね。ここって、どういう背景でこのやり方にしようと考えたの?」

「今回はこの部分の調整に結構苦労したんじゃない? どうやって乗り越えたの?」

 

といった、プロセスに焦点を当てたちょっとした問いかけを、結果が出る前の早い段階で投げてあげるだけでいいのです。

 

これだけで相手には「自分の取り組む姿勢や努力を見てくれている」という安心感が生まれますし、評価側としても「相手がどこまで本質を理解して動けているか」を正確に把握することができます。

 

 

そして、もう一つ重要なのは、「どんな結果であっても、まずは否定せずに受け入れる」というスタンスです。

 

結果を気にしているのは、親や上司だけではありません。

誰よりも、取り組んだ本人自身がその結果に一喜一憂し、不安を抱えています。

 

せっかくプロセスを共有しようとしたのに、求めていた結果と違った瞬間に、

「ちゃんと話を聞いていたのか?」

「なぜ言われた通りにやらないんだ?」

と詰めてしまうと、相手は次に「相談すること」「開示すること」自体に恐怖を覚えるようになります。

 

この恐怖心こそが、トラブルを一人で抱え込ませ、報告を遅らせ、最終的に「不正やごまかし」へと走らせてしまう最大の要因です。

 

結果が伴わなかった原因が、単に「課題の捉え方を少し勘違いしていただけ」というケースは多々あります。

 

であれば、「今回はその勘違いしている部分を早期に発見できて良かった。次からどう修正して活かしていくかを一緒に考えよう」と声をかければいい。

 

結果を叱責するのではなく、「プロセスにおける軌道修正の機会」として捉える方が、中長期的な本人の成長と、お互いの信頼関係を深める。

私はそう考えています。

 

もちろん、社会に出てプロとして働く以上、どんなプロセスであれ「何が何でも結果を出さなければならない局面」があるのは事実です。

 

ですが、恐怖やプレッシャーからくる「何とかしなければならない」という動機は、精神衛生上決して良いものではありませんし、再現性がありません。

 

私自身、20代の頃にそうした恐怖から結果を取り繕おうとした経験がありますが、それはパフォーマンスを低下させるだけの「負の連鎖」でしかありませんでした。

 

だからこそ、プロセスの途中で「いつでも戻ってこられるフラットな場所」を大人の側が作っておくこと。

 

それが、結果的に彼らの自走力と、これからの時代を生き抜く本当の実力を育てるのだと、私は強く感じています。

今日から、少しずつ「体温のある関係」を築いていく

これまでお話ししてきた通り、結果しか見ないマネジメントは、相手からの信用を失い、不要な恐怖を生み、お互いの関係性を冷徹にずらしていくという悲しい結末を招きます。

 

「過程を気にする」ということは、言い換えれば「その人が目標に向かって投下した努力や時間のプロセスを承認する」ということです。

 

どのような結果であれ、そこに至るまでの地道な意思決定と行動があって初めて、次の確かな成果へと繋がります。

 

ビジネスの世界でも、あるいはシビアな社会の現実を見ても、「結果がすべて」と言われますし、その側面を完全に否定するつもりはありません。

 

しかし、プロセスを無視した数字だけの世界は、あまりにも冷たく、そして家庭であれ組織であれ、長くは続きません。

 

仕事でも家庭でも、一生懸命に向き合っているからこそ、私たちはつい「目に見える果実(結果)」を急いで刈り取りたくなります。

 

しかし、本当に大切なのは、その果実を実らせるための「土壌(プロセスと信頼関係)」を育てることです。

 

一見、甘いと思われるかもしれませんが、プロセスを正しく握り、信頼関係の土台を作る方が、最終的にはより大きな、そして再現性のある「良い結果」をもたらしてくれる。

 

そう信じて、私は今日も、目の前の部下や家族との「体温のある関係」を少しずつ築いていこうと思います。

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