読んで欲しい人
- 言うことが変わる上司に出会ったことがある人
- 言うことが変わるので大変な思いをしている人
"弱肉強食" ではなく、"適者生存"
「あれ?この人、昨日と今日で言ってることが違わない?」
「もしかして思いつきや気分で指示を出しているんじゃない?」
という場面に出会ったことはありませんか?
本当に困りますよねぇ。部下にとっては迷惑な話でしかありません。
ですが、今回は "コロコロと言うことが変わる上司" についてではありません。
今回言いたいのは、『前言撤回を受け入れることも必要なこともある』ということです。
なぜなら、"今は変化の激しい時代だから" です。
変化の激しい時代においては、これまでのルールや計画に従うだけなら、時代に置いていかれてしまい、ゲームオーバーになってしまうことがあるんです。
どうしてかと言うと、この世界で生き残るのは、"弱肉強食" ではなく、"適者生存" だからです。
なので前言撤回もある程度受け入れることも必要だということです。
ということで今回は、前言撤回を受け入れる、心構えみたいなものを話していきたいと思いますので、よろしくお願いします。
今は "何とかする時代" になった
ではまず、「なぜ "前言撤回を受け入れることも必要" 」だと思ったのかをお話します。
これまでの時代は、大量生産・大量消費の名残りもあり、
ある程度正解が見えていたので「うちの業界は、これをやっておけば間違いはないだろう」という時代でした。
しかし今は、生活スタイル・個人のニーズも多種多様になり、
商品・サービスも多品種・少量生産となり、誰もが正解というものが見えにくくなっています。さらには、今後SDGsやカーボンニュートラルなども加わっていきます。
よって、これからは "何とかする" という時代です。
うちの会社もこれまでは、ある程度設計が仕上がったものが仕事として降りてきていたのですが、今は設計段階、素材・精度が候補がある段階から参加する仕事が多くなりましたね。
「昨日と今日で言っていることが違う」ということは正直あります。
しかし、それは "何とかするため" なんです。
申し訳なく思いますが、この "何とかする" 時代では、"正解が見えない" ので、前言撤回をある程度受け入れなければ、より厳しい状況になってしまうと思います。
ここらへんの意識を仲間同士で理解できていたら強いですね。
一貫性を持たせるべきは、"理念"
「昨日と今日で言ってることが違う」という状況になれば、
指示を受ける方からすれば、ふらふらとその場の気分で意思決定を行なっているように感じます。
「一貫性がないのでは?」と思ってしまうのも当たり前のことです。
ここで確認して欲しいのは、「 "理念" が一貫性を持っているか?」、
言い換えると、「 "向かうべきゴールは同じ" で、たどっていく道が変わっただけですよね?」ということです。
ここが大事なんです。
「表面上は前言撤回だけど、理念はブレてないから仕方ないかぁ」とぼくは思うようにしています。
そしてぼく自身も前言撤回することもありますが、「ある程度受け入れてほしい」というのが本音です。
色々と思う気持ちはあると思いますが‥。
そしてぼくが心がけていることは
『 "主張" に一貫性を持たせず、"理念" に一貫性を持たせる』ということです。
昨日までわからなかった情報がわかったりすることもあります。
なので柔軟な対応が必要になります。
そこで "自分の主張" に一貫性を持たせてしまうと、自分のことを優先してしまうので柔軟な対応することができません。
これでは、チームにとっては致命傷になってしまいますよね。
だからこそぼくは、
『 "主張" に一貫性を持たせず、"理念" に一貫性を持たせる』ということを心がけているんです。
前言撤回と謝罪はセット。
ぼくには、もう一つ心がけていることがあります。
それは『前言撤回と謝罪はセット』だということです。
先ほども言いましたが、どうしても前言撤回しなきゃいけない状況というのはあるんです。確かに誰が悪いわけではありませんが、"今までやってきた苦労" があるので、上司やリーダーは、「申し訳ないだけど‥」の一言があってもいいと思うんです。
この謝罪は、早く軌道修正するためのものです。
ここにプライドなんて要りません。
そんなプライドよりも前に進むことが大事だと思うんです。
だからこそぼくは、『前言撤回と謝罪はセット』を心がけているんです。
経験は無駄にはならない。
前言撤回を言い換えると、"途中で道を変えること" です。
この "途中で道を変える" ということは、なんか無駄足を食ったような感じがしませんか?
以前のぼくは、そのように感じていたこともあったんです。
しかし、今のぼくは "案外、無駄足でもない" と思うんです。
例えば、[A]、[B]、[C]という3本の別れ道があります。
最初に[A]という道を選んで進んでいると、「どうやら、この道はなんか怪しい。やっぱ[B]の方が良さそう。」と思ったとします。
その時は、引き返して[B]の道を選べば良いんです。
ここで「最初から[B]を選べばよかった」と思ってしまうから無駄足に感じてしまうんだと思うんです。
ですが、[A]の道を途中まで進んだので、そこで見たモノ・経験があるはずです。
その経験さえあれば決して無駄ではないのです。
むしろ、[A]の道の経験を持って、[B]の道を進んでいくんですから、最初から[B]を選んだ人よりも強いと思うんです。
たとえ道を引き返すことになっても、経験があるかぎり前進していることには変わりません。もちろん苦労はありますが、その分、自分の引き出しも増えます。
なので、前言撤回となっても全てが無駄になるわけではありません。
色々思うこともあるかもしれませんが、変化が激しく、正解の見えにくい時代ですので、前言撤回を受け入れることも大切です。
これからも苦労することはあると思いますが、お互いに頑張っていきましょうね。